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むかしのねこ

日本における猫の民俗についてまとめた『猫の民俗学』という本があります。

 

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大木卓『猫の民俗学 増補版』(田畑書店・1979年)

 

かなり古い本で絶版になっていますが、類書はありません(日本でこの方面のちゃんとした本はこれ1冊しかありません)。初版(1975年)と、それに若干追補した増補版(1979年)があり、長崎県立図書館にはどちらも蔵書として入っています。

 

このなかでおもしろいなと思った記述があったので、ここで紹介します。1920~30年代の農村を調べた民俗学者による猫の飼育に関する調査結果です。

 


 

最近越中五箇山(東礪波郡)の西赤尾で聞いた処では、このごろ養蚕の衰微から、農家の猫は幾分減少したが、それでも部落四十八戸の中、四十戸迄は飼って居る。中には一軒で二匹以上居る家もあるから、略々(ほぼ)家の数に均しからうといふ。之に対して犬の方は十軒迄は飼って居ないらしい。然も此の比率は、私が最近全国五十余ヶ所の部落に就いて調べたものと略(ほぼ)一致して居る。さうして離れ島などでも、犬の居ない処はあるが猫だけは必ず飼はれてゐる。犬が喧しく吠立てて、さも沢山居るやうに感じられるに対して、猫の方は多く家庭に引籠って居た為に、さして目立たないが、その数は思ひの外多かった。斯く猫の飼はれた理由は、鼠の害がはげしかった事、一方に飼料その他の点で、飼育上の負担が軽かった事、同時に犬のやうに課税等がない点等も関係して居たらしい。然も犬の方は、山村等では狩が無くなってから、めっきり数が減少したともいふ。面白い事には、今も尚昔のまゝに、狩猟が重要な産業となって居る、秋田県阿仁合谷の村々でも、犬の飼育数は猫に比べると著しく尠(すく)ない。北秋田郡上小阿仁村八木沢、同じく荒瀬村打当内等は、猫が全戸数の殆ど九五%飼はれて居たに対して、犬の方は漸く一〇%乃至一五%である。

今一つの興味ある事実は、猫が殆ど貧富を超越して飼はれて居た事は、猫いらず等のある今日であるから、鼠害予防等の経済的理由ばかりではなかったらしい。その証拠には、随分と貧しい家庭でも飼って居る。茶を呑む器一個にも事欠くやうな見すぼらしい家にも、猫の居る事はさして不自然でなかった。そんな家庭でも、飼猫を殺して皮を売った等の話はまだ聞いた事がない。愛玩用などと云ふと適切でないが、何かしら人生の伴侶として必要であったと思はれる。【猫の民俗学pp.15-16】

 

原典は早川孝太郎「猫を繞(めぐ)る問題一二」(1937年)です。早川孝太郎(1889-1956)は愛知県出身の民俗学者で、全国の農山村をフィールドワークして回り、丁寧な聞き取りをもとにひとびとの生活知をまとめていったひとです。

上に挙げた早川の記述からは、多くの村々で、ねこはほとんどの家に1~2匹飼われていたこと、鼠の害を防ぐことが期待されていた一方で、「ねこと暮らすことそれ自体」がひとびとの生活上の潤いとなっていたらしいことがわかります。

 


 

牛が農家の家族の一員たると同様に、猫も鶏も壱岐の農家の家庭構成上欠くべからざるものの様に成って居る。犬を飼ふ家は滅多にないけれ共、猫と鶏とを置かない家は先(ま)づ無いと云ってよい。と云って閑人達や子供の無い人達が猫を飼ふのとは性質を異にする。愛物として置いてなぐさむのではない。猫も居候ではない。置いて鼠に備へるのである。鼠を捕らすのが目的ではあるが、とらなくても猫が居れば鼠が自由にし得ないだらうと云ふ気持が強い。猫を玩具にする愛猫家ではない。多く棚元の隅かニワ(注、土間)の荒神様のあたりに、かげ椀のネコヅキに家族同様の飯に魚の骨位をそへて与へられるだけである。猫も猫で盗み食ひもすれば、冬はクド(注、かまど)の中にはいって灰だらけになってあたりを汚す。なぐりもすれば蹴飛ばしもする。しかしそれも子供がワルサをした程度以上には憎まぬ

野山からヨトボシをして帰って来ると、真っ暗い人気のない家の中から、チョン(注、猫)が鳴きながら走り出て来て足にすりつく。此の無心な小動物の悦び迎ふるしなにも、有心な家族のちやほやといふ歓び迎へに変らない気持を感じ、安らかな心で重い荷をおろすのである。【猫の民俗学pp.16-17、文中の注は大木による】

 

こちらの原典は山口麻太郎『壱岐島民俗誌』(1934年)です。山口麻太郎(1891-1987)は長崎県壱岐出身の民俗学者で、壱岐の文化を語る上では欠かせない人物になります(長崎市における越中哲也さんに近い)。壱岐における調査記録や資料収集に尽力し、その蔵書は長崎県立図書館に寄贈されています。

こちらの山口の記述からわかるのは、壱岐においても、多少手荒ではあるものの、やはりどの家でも家族の一員としてねこを飼い、実利上の効果と、精神的なゆとりをもたらすものとして受け入れられていたということのようです。

 


 

今から80年前、1930年代の日本のムラは、決して豊かではありません。そんななかで、ただねずみの害を防ぐというためだけではなくねこが飼われていた。ねずみを捕るから「よしよし」とかわいがられていた側面ももちろんあるだろうけれども、そうやってかわいがる飼い主に応えてゴロゴロとのどを鳴らすねこが、貧しい農家のひとびとの生活に少なからぬ潤いを与えていた。「ねこを飼う」ことが「人間らしい感情」の源になっていたのではないか、とさるねこ父は思うのです。

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