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長崎市畜犬取締条例(1957年~1968年)について・その1

以前、長崎市動物管理センター収容犬について考えたときに「保護・捕獲・引取」について触れました。センターから職員が出向いていって犬を捕獲するにあたっては、「狂犬病予防法」と並んで「長崎市犬取締条例」という法令が関わっている、とそこでは述べましたが、この「長崎市犬取締条例」というのを調べていくと、興味深いことがわかりました。この条例は1968年に制定されますが、それに先だって「長崎市畜犬取締条例」というのが1957年に制定されていて、これは全国初の犬の取締条例だった、ということです。

 

この「全国初」の条例が、いったいどういう経緯で、なぜ長崎市で制定されたのかについて、県立図書館に行って古新聞をひっくり返していくと、さらに興味深いことがわかってきました。今日から何回かに分けて、この条例をめぐる新聞報道の内容をみていきたいと思います。55年前に定められたこの条例について改めて考えることは、決して無意味ではない、というのが現時点でのわたしの印象です。

 

畜犬取締条例の本文については、まだ原文に当たることができていませんが、新聞報道を見ていけば、おおよその内容は推測できます。一言で言ってしまえば「飼い犬は、ちゃんとつないでおきなさい」という内容です。今現在であれば、ほとんど常識の範疇に属するこのマナー(とはいえ、全員がそれを徹底できているわけではないから、迷子犬も生まれてくるわけで、そこは以前の記事につながっていきます)ですが、「犬」を「ねこ」に置き換えてみるとどうなるか。「飼い猫は、ちゃんと室内で飼いなさい」となると、これはまだまだ浸透したとは言い難い飼育マナーになると思います

そんなわけで、この条例について見ていくときに、「犬」を「ねこ」に置き換えるとどうなるか、というのを常に念頭に置きながら考えていってみたいと思います。

 


 

さて、前置きが長くなりました。この条例をめぐる最初期の報道は、1957年3月19日の『長崎日日新聞』6面の記事「全国初の畜犬取締り条例」です。

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全国初の畜犬取締り条例 五月からお目見得|市議会総務委 「都市計画税」も承認

【長崎市】長崎市が新年度から実施する予定で条例化を急いでいた〝都市計画税条例〟と全国初の〝畜犬取締条例〟は、十八日開かれた総務委員会で承認され、本会議を通過することはほぼ確実となつた。これで長崎市民で固定資産所有者は新しく都市計画税が、また犬の飼育者は放し飼い禁止の義務が新たに課せられることになる。

(中略)

畜犬取締条例は、各家庭で飼つている犬を対象にした全国でも初めての条例で、観光都市の名に恥じないよう市街地を美化し環境衛生の向上をはかることが条例制定の主な目的となつている。

したがつて飼育者はこれまでのような勝手な放し飼いを禁止されるだけでなく、もし義務を怠つた場合は三十日未満の拘留、または千円以下の科料が科せられることになる。なお実施は五月からの予定。

『長崎日日新聞』1957年3月19日

 

(1) 飼い主に放し飼い禁止が「義務」づけられ、それに違反した場合は罰則が科せられること、(2) 制定の目的は市街地美化・環境衛生向上であったこと、がわかります。現行の「長崎市犬取締条例」でも、飼い犬の繋留は飼い主の義務であり、違反すると罰金に処せられます(拘留されることはありません)。また現行条例の目的は「市民生活の安全及び公衆衛生の向上」となっていますから、大きなくくりとしては「社会において飼い主が身につけるべきモラルの向上」という点では、55年前から一貫していることになります。

 

 

1957年3月18日の総務委員会で承認された条例案は、3月29日の定例市議会本会議にかけられ、成立します。

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畜犬取締条例を可決 きのうの長崎市議会

長崎市の三月定例市議会十九日目の二十九日は、午前十一時十分から本会議を開いて委員長報告に入り、波乱の末全国初の市畜犬取締条例を原案通り可決したほか、市児童科学館条例、三十二年度水道事業会計予算など二十三議案を可決、国鉄長崎-諫早間平坦線親切の調査ならびに実現促進に関する犬など四件を継続審議することに決定した。まず福地教育厚生委員長が畜犬取締条例の審査結果について「法的に規制されない猛犬を取締つて環境衛生の向上と市内の美化を図り、市民の福祉増進を図る見地から原案を承認した」と報告、これをめぐつて長田、西崎、町田、岡本、荒木、江頭の各議員から活発な質疑討論が展開されたが、結局賛成者多数で原案を可決した。(以下略)

『長崎日日新聞』1957年3月30日

 

19日の記事では「本会議を通過することはほぼ確実」と書かれていたわりには、「波乱の末」とか「結局賛成者多数で」とか、どうやら一悶着あったことが推測されます。これについてはまたあとあと見ていくことにして、条例案可決後のメディア報道を引き続き紹介していきましょう。

 

 

いよいよ五月から 長崎の畜犬取締条例実施

犬の放し飼いを規制した長崎市の畜犬取締条例は、いよいよ五月から実施されることになり、愛犬家には多少の不安を与えているが、長崎市では八日から市内十二カ所で畜犬取締条例の説明会を開き、条例の趣旨を愛犬家に徹底させることになつた。この説明会は八日勝山小、九日小島小、十一日伊良林小、十二日片淵中、十五日戸町小、十六日稲佐小、十七日城山小、十八日山里小、十九日大浦公民館、二十二日飽ノ浦公民館、二十三日佐古小、二十四日銭座小で毎日午後七時から開き、映画〝わが輩は犬である〟やスライド〝犬の飼い方と狂犬病〟を使つて条例を分りやすく説明する

『長崎日日新聞』1957年4月6日

 

この記事からは、長崎市は思った以上に本腰を入れて、飼い主のマナー養成に力を入れようとしていることがわかります。「午後七時から」という時間を考えると、ターゲットとなっているのは一家の主人(サザエさんでいうところの波平)であるように思われますし、市の担当職員はこの月は毎日残業続きだったであろうことも推測されます。

 

説明会が開催される会場が、市内中心部に偏っているように思われるかもしれませんが、これはまだ長崎市が周辺町村と合併する前だったからです。北は滑石・川平まで、東は日見まで、西は福田・柿泊まで、南は深堀まで、南東は愛宕・唐八景まで。現在の4分の1強しかありません。いま街を歩いてみて「古い家がけっこう建て詰まっているなあ」という印象を受ける場所にほぼ相当すると考えていいでしょう。

※その後、茂木町(田上から茂木・太田尾・千々)および式見村編入が1962年、東長崎町(矢上・古賀・戸石)編入が1963年、三重村(滑石トンネルから畝刈・三重・樫山)と旧時津町横尾地区の編入が1973年、そして2005~2006年にかけて外海・琴海、香焼・伊王島・高島・野母崎・三和を編入して、現在の長崎市になります。

 

では愛犬家の感じた「多少の不安」とはなんであるか。少し長くなりますが、次回『長崎民友新聞』1957年5月1日5面・6面の記事を通して詳しく見ていこうと思います。

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